最高裁判所第二小法廷 昭和47年(オ)1067号 判決 1974年3月22日
上告人
甲野太郎
(仮名)
同
甲野花子
(仮名)
右両名訴訟代理人
直野喜光
被上告人
乙山雪子
右訴訟代理人
油木巌
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人直野喜光の上告理由について。
未成年者が責任能力を有する場合であつても監督義務者の義務違反と当該未成年者の不法行為によつて生じた結果との間に相当因果関係を認めうるときは、監督義務者につき民法七〇九条に基づく不法行為が成立するものと解するのが相当であつて、民法七一四条の規定が右解釈の妨げとなるものではない。そして、上告人らの甲野一郎(仮名)に対する監督義務の懈怠と一郎による乙山高男(仮名)殺害の結果との間に相当因果関係を肯定した原審判断は、その適法に確定した事実関係に照らし正当として是認できる。原判決に所論の違法はなく、論旨は、採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(大塚喜一郎 岡原昌男 小川信雄 吉田豊)
上告代現人直野喜光の上告理由
原判決は判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背がある。
一、原判決は「控訴人ら(上告人ら、以下同様)はいずれも子供らに対し基本的な生活態度のしつけをすることを怠つていたこと」「一郎の右非行性に気がつきながらこれに対する適切な教化、指導を怠つていたこと」「(一郎が)小遣銭を貰うことができなくなつていたこと」の諸事実を認定の上、「民法第七一四条は、未成年者が責任能力者である場合、監督義務者の義務違反と未成年者の行為によつて生じた結果との間に相当因果関係の存するときは右未成年者の不法行為責任とともに監督義務者についても一般の不行為責任の成立することを排除するものではないと解される」とし、「控訴人らの一郎に対する監督義務の懈怠と乙山高男の死亡の結果との間における因果関係はこれを否定できない」として、上告人らの責任を肯定した。
二、わが民法は、個人責任の原理のうえに民法第七〇九条以下の不法行為責任の規定をもうけているが、未成年者に責任能力が欠落している場合に、民法第七一四条はその監督義務者に補充的な責任を負わせる。すなわち、民法第七一四条が監督義務者の賠償責任を、未成年者が責任を負わない場合に限つたことの理由として、民法修正案理由書は、「前二条の規定に依りて無能力者が自ら不法行為の責に任ずべきときは監督義務者は固より賠償の責任を負ふべき理由なきにより本条前段の規定に依り監督義務者が責任を負ふべき場合を限定せり」という。換言すると、「責任無能力の制度は、主体的責任を規範侵害の具体的な行為主体性にそくしてとらえるための不可欠な構成なのであるが、そこに一つの矛盾をつくりだす。なぜなら、それによつて加害者の権利主体性は守られても被害者の権利主体性は、守られないことになる(被害者に発生した損害は転嫁の相手方を失う)からである。この矛盾を解決するため、不法行為責任の世界では加害者の責任無能力を保護者の責任能力によつて補充させる制度として民法第七一四条の規定がもうけられたのである」(川村泰啓著「商品交換法の体系」上、一〇〇頁)。
三、そうだとすると、原判決が説示するが如き解釈すなわち未成年者に責任能力がある場合に、監督義務者も並列して責任を負担するとする解釈は成立する余地はない。なぜなら、民法第七一四条は、個人主義的過失責任の形態をとつているけれども、その過失は、当該違法行為自体についての過失ではなく、一般に監督を怠ることを意味し、しかも監督義務者の過失は、損害の遠いかつ間接の原因にしか過ぎないからである。
四、しかるに、原判決は監督義務者たる上告人らの義務違反と未成年者たる一郎の行為により生じた結果との因果関係のみを云々して、当該違法行為自体についての上告人らの過失を論ずることなく、上告人らに民法第七〇九条の一般の不法行為責任を肯定したのは、法律の解釈に違背した違法な判決である。
以上